中村苑子と安東次男の俳句の本。

水曜から何年か振りに痛風の発作が起きもう峠は越えたが矢張り痛風は痛い、幸い昨日今日と誰も来ないのでソファーに横になって水飲んで過ごしている。

俳句本二冊、どちらも「ふらんす堂」から90年代に出された本、中村苑子さんのは彼女自身の句集だ。大正の初めに生まれた俳人、こんな句がある、

「無花果喰ぶ死ぬ話など少しして」。

僕が最も好きな俳人の一人だ。

安東次男さんのは芭蕉から現代までの俳句を百選び評釈したもの、確か彼は骨董の収集でも有名だった人だ。こちらも大正生まれ、僕も彼の本は他にも持っているが厳格な印象で中々簡単には近付けないもの書きだ。この中にある西東三鬼の句を二つ抜いてみる、

「秋の暮大魚の骨を海が引く」、

「中年や遠くみのれる夜の桃」。

二句目のような俳句は流石三鬼にしか作れないと思う、この時四十六歳、「中年や」が暗示する来し方の回想(本文より)と読めるらしいが、こんなエロティックな句は矢張り三鬼ならではだ。三鬼ほど奇才と呼ぶに相応しい俳人もいないと思う、二十代後半をシンガポールで歯医者をしながら過ごし、俳句を始めたのは帰国後の三十代前半で自分の患者に勧められたのがきっかけだ。白いスーツにステッキ突いて、若い女連れてレストランに行き椅子を引いては女性を先に座らせる、そんな男だ、生まれは確か1900年で一応明治の男。小林多喜二とほぼ同時代を生きたとは信じ難い。ご興味ある方は彼の「神戸・続神戸」を読まれたし。

さっきまで蝉が賑やかに鳴いていたが夕立が来たせいか蝉の声は止んで今は静かだ、窓の外は薄いオレンジ色に薄い青。