僕の好きな金沢のフレンチレストラン「レストラン オオタ」さんが去年郊外から中央通り町に移転オープンされました。今流行りの大きい器に食べるところちょっとだけのインスタ映えフレンチではなく、美味しいお料理をセンス良くしっかり食べさせてくれる今の流行路線とはちょっと距離を置いたレストラン。食器やカトラリー、店内に飾られたお花や絵のセンスも控えめで上品、装飾が全体的に抑えが効いて落ち着きます。大田さん夫妻の人柄も飾らず自然体で好感が持てます。香林坊や片町からも徒歩圏内の立地。是非行かれてみて下さい。(写真はレストラン オオタ店内)
昨日かな、ふと思った、今の世の中なんと寛容さの無いことか、と。受験で入社試験で仕事で失敗をする、すると経歴にキズが付きレールを逸れていく、そのキズを中々世の中が忘れてくれない、失敗する、そんなこともあるよ、とはならず、その失敗がその後も付いて回る、相談する人もないので一人悩む、病んだりもする、それも中々カミングアウトし辛い、人間関係で悩む、同調圧力が身に重くのし掛かる、自分が悪いんじゃないかと思う、自分のせいかもしれないし違うかもしれない、あれこれ考える、一度レールを外れると隅へ隅へと追いやられ、居心地が悪くなる、収入も減るのかもしれない、私って能力ないの、と思う、生きるの下手、と感じる、本を読んだところで答えは出ない、友達はいるけれど、自分のことを曝け出すのはとても勇気の要ること、人に頼ること自体がもう既にダメなことのようだ、孤独は深まる、非寛容な社会、社会という言葉、とても抽象的で実体のないもの、失敗してもいいよ普通だしね失敗なんてよくあること、とは誰も言ってくれない、そう言って欲しい人が周りにいない淋しさ、世の中は恐いとすら感じるかもしれない、孤独感が募る夜、食品の値段は上がる、欲しい物は無い、高過ぎるから先に欲しい気持ちが萎えている、人に優しくする気持ちすら持続しない生き難さ、少しずつ追い詰められていく気もするがその気持ちすら曖昧で暗く弱い、人生を人生と呼べるような実感が何処にも無い、スマホって何、凡ゆるものの意味が明確さを失っていくときの気の遠くなるような感覚、私がどんどん霞んでいく、でも話す相手も少ない、食欲も陰りつつあるようだ、明日の天気は気になるけれどそれ以上の期待は明日には無い。
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