バーでのパイプスモーキング。

先日金沢の片町にあるバーSに行った、良いバーだと言う噂を前から聞いていたので仲の良い料理人と訪れてみた。その時点でもう三軒目の店で可なり遅い時間にそのバーの黒いドアを開けて中に入った、五十手前のハンサムなバーテンダーが僕ら二人を静かに迎えてくれた。バーテンダーが、おタバコ吸われますか、と早速訊いてきたので、パイプですけど大丈夫ですか、と返すと彼の顔に明らかに躊躇うような表情が見えた、がその後直ぐに、良いですよ、と言いながら灰皿を出してくれた。

葉巻やパイプは下手が吸うと火事のように煙が出る、特にパイプの場合は煙をその場の雰囲気や状況に応じて上手にコントロール出来るテクニックが具わっていないと一人前のスモーカーとは言えない、そのテクニックも完全に身に付ける、極めて自然な(無意識の)喫い方が出来るようになるには十年は最低でもかかる。このバーSでの場合、カウンターにお客は僕ら二人だけだったが奥のソファー席にはお客がいたし、僕の隣の料理人はタバコを吸わない、だから僕は常時抑え目の煙でゆっくりのスモーキングに徹した、それにそれ以上の煙を出す理由など何処にも無かった。僕がその日持っていたパイプはイギリスの「ミルヴィル」という工房のパイプでダンヒルから枝分かれして出来た工房らしい、日本でこのパイプメーカーを知る人は殆どいない。持ち歩くには丁度良い小振りのストレートパイプ。

バーには二時間半程いただろうか、マスターとはジャズの話しなどもした、最後のほうで彼が僕のパイプの喫うのを見て、パイプってこんなに綺麗に喫うんだ、と驚いたと言ったので僕は、いやこれが本来の姿ですよ、貴方がここで見てきた他の人が下手なだけでこれが本来のパイプスモーキングですよ、僕が凄いとかそういう意味では無くてね、と返した。何でもそうだが、下手が多いとそれがスタンダードに見え、パイプって煙がもくもく上がって煙たくて、と皆が思ってしまい、お客がバーに入って来ても、バーテンダーはパイプを喫うと言われると灰皿を出すのを躊躇う、という不思議なことが起きる。本当のパイプスモーカーを見たことがないから仕方がないのだが。

詰まり、ダンヒルのパイプ持って高級バーに行き女の横で煙もくもく出してシングルモルト傾けても何処もカッコよくはないということ、酒と道具に遊ばれているだけ。でもこんな輩に限ってお金は唸るほど持ってたりするから世の中面白いのだ。