口で描いた絵

ここに二枚の風変わりな絵がある(37,5 x 28 cm)。絵の右下に、R. Hext , 1947 , Painted by mouth 、と英語で書かれている。R. Hext と言う人が1947年に口でこの絵を描いたと言うことらしい。僕にこの絵を売ってくれた人によれば、この二枚の水彩画は第二次世界大戦で両腕を失ったイギリス人の元兵士によって描かれたものらしい。それにしても凄い執念の絵である。今はもう慣れたが最初は少し怖かったくらいだ。色使いもこの世ではない世界を表現しているようにも見える。上手いとか下手を超えた、不思議な絵だと思う。イギリスのコッツウォール地方で仕入れた。

今日は特に書きたいことはない。コロナで店も暇、お盆だが誰も来ない。まあしょうがないと思う。来年の今頃もこんなだったら困るけど。最近近くの古本屋の100円本コーナーで60年代の文芸雑誌を幾つか買って、パラパラと飛び飛びに読み散らかしている。今朝も音楽評論家の吉田秀和が中原中也の思い出を綴った文章を読んでいた。吉行淳之介が訳したヘンリー・ミラーの短編も読んでいて愉しい。まあ兎に角メンバーの豪華なこと。詩人の対談でも、金子光晴、西脇順三郎、田村隆一が語り合っているだけでも凄いことだ。まだこの頃は、人が今よりもずっと正直に自分の思ったこと感じたことを悪いことも含め語り合っていた、それが許された、出来た時代だと思う。そうだ、最近小林多喜二の全集もそこで買った。100円本コーナーで立ち読みしていたら赤い車が店の前で停車して、少し派手目の女性が車のトランクから古本を下ろし始めたのだ。ひもで縛った本を店内に運び込みながらその派手な女性が大きな声でこう言ったのだ、あのぅ、小林多喜二全集とか買い取って貰えますか、、何とも意外な言葉がその女性から飛び出し僕は吃驚。数時間後、一度自分の店に引き上げ、その後古本屋に電話をして小林多喜二全集が買い取られたのを確認し、その後手に入れたという訳だ。彼の全集はとても欲しい。特高警察に撲殺されたとても魅力的な人、小林多喜二。梯久美子さんやノーマ・フィールドさんの著作が僕を多喜二に導いてくれたのだ。彼は、文章というのは手で書くのではなく全身で書くものだ、というようなことを言っていた。とても魅力のある人だったことが彼の文章を読んでいるだけでも感じられる。

ときに、アンティークや古本はちょっとしたタイミングの一致やズレで出会ったりすれ違ったりする。人間と人間の出逢いも同じかもしれない。まあだから面白いし、奥が深いと言えばそうかもしれない。