ヴィクトリア時代初期のタンブラー

イギリス、ヴィクトリア時代初期のタンブラー、1830〜40年の物(タテ 10,7 x ヨコ 9,7 cm)です。タンブラーとしては随分と大きいですね。この時代のこのような正統派のカット・タンブラーはイギリスでも今は殆ど見掛けません。だから、とても珍しい物となってしまいました。アンティークの世界である特定の物が姿を消すとき、それは徐々に起こるという感じではなく、どちらかと言うと急に姿を消す感じがします。最近のイギリスのアンティーク・ディーラーでも18世紀から19世紀初頭に掛けての渋い物を中心に扱う人は本当に減りました。この十年で本格的な通好みの物を扱うディーラーは随分と姿を消しましたね。とても残念で寂しいことですが。昔、ロンドンの街中にちょっと面白い物を揃えているアンティーク・ショップがありました。とにかく変わった物を見ることが出来たので僕も時々覗いてました。見たことがないような綺麗で変わった物がさり気なく落ちているかのように置いてあり、面白い店でした。70歳かそれ以上に見える背の高い痩せた女性が何時も苦虫を噛み潰したような不愉快な顔をして、サザビーズのカタログが高く積まれた古い机の前に座っていて、机の上も少し取り散らかっていて、僕が何か物について訊いても、その訊きかたが少しでも彼女の気に触ると更に不愉快な顔をしてこちらを侮蔑するような視線で睨むようにして吐き捨てるように、早口で口籠もりながら何か呟いている。そんな、居心地は凄く悪いけれど、置いてある物はそれに反比例してとても面白い店でした。多分、独自の仕入れのルート、ミドルクラスかアッパー・ミドルクラスの家とそれなりの繋がりを持っていたんだと思います。時々、大人しそうな年配の女性がもう一人居て彼女の世話をしていました。店員さんと言うよりもう少し親密な感じの誰かでしたね。今だから分かるけど、恐らく彼女はアンティークについてはそんなに詳しくなかったんだと思います。ただ独自の仕入れルートと独特のセンスを持っていた。苦虫を噛み潰したような顔ももしかしたらポーズだったのかもしれません。サザビーズのカタログもカモフラージュだったのかも、と意地悪な想像もしたりして。でも、こう言う何年経っても思い出すような面白いアンティーク・ショップはロンドンからほぼ姿を消してしまいました。居心地が悪いけれど忘れられないアンティーク・ショップ。まあ、時代が人が物が全て希薄になったんですね。もっと「濃い」ものに飢えてますね、僕は。皆さんもそうじゃないですか、、。