フリーメイソンのミニタンブラー

フリーメイソンのミニタンブラーです(6,5 x 5,7 cm)。時代は1800年頃でイギリスの物。最近フリーメイソンのタンブラーは出難くなって来ているので、出来るだけ仕入れるようにしています。このタンブラーは結構厚手で適度に重たいです。

パトリシア・ハイスミスの自伝的小説「キャロル」を読み終えようとしています。舞台は主に1950年頃のニューヨークで、二十歳前の女性テレーズと三十過ぎのブルジョア婦人キャロルとの恋愛小説ですが、当時は同性愛に対する差別、迫害が強くこの小説は別の作家名で出版されたそうです。久し振りに小説を読むことを楽しんでいます。こんなに楽しいのは昔ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を読んで以来かな、と言う気さえしています。今から70年近く前ですから、会えないときは、電話をかけるときも交換士に電話を繋いで貰ったり、電報や手紙で、それもときにはホテル宛てに手紙を送ったりしてお互い連絡を取り合うのです。この不便さ、ことのスローな進行が読んでいて焦らされるというか、じわじわと興奮するんですね。あることが実際に起きるまでの「溜め」が充分にあってとても良いんです。

世の中が便利になるほど恋愛は痩せていく。そんなふうに思います。恋愛は不便なほうがいいんですよ、絶対に。今の高校生や大学生はそういう点では可哀想です。ほんの二十数年前までは未だ、夜仕事から帰宅したら留守電にメッセージが入ってて、それを聞いてまた翌日掛け直す、くらいの速さでことは進行していたのですがね。あれから人間のほうが変わってしまってそのようなスローな流れには我慢出来ませんよね。「待つ」なんていうのが何よりも恐ろしいことですね。

電話をポケットに入れて歩ける、なんてことが少し前まではビックリするような変化だったのですがね。写真なんかも撮っても見られるのは現像してからで何日か待たなければならなかったりで。懐かしいですね。今のこの急加速度的生活はきっと心臓に悪いと思いますね。