シガー用灰皿とメニュー立て(シルバー)

シルバー製の変わった物を二点。葉巻用の灰皿(6,8 x 2,2 cm、1946年製)と銀のメニュー立て(3,3 x 3,2 cm、1904年製)。両方ともイギリス製です。銀のメニュー立ては結構珍しいですね。個人宅で使われた物だと思いますね、と言ってもこんな物を使えるのは上流階級かブルジョアのみですね。

(前回の続き)

彼が僕の店に来ていたのは多分二年にも満たない間だったかと思います。最後まで、店に歩いて来るときはドアの前まで来てL字ターンをしてドアに迫って来る歩き方は変わらなかったと思います。何時も思い詰めたように眉間に深い皺を寄せバッグをしっかりと腋に挟んで固定して、敵に挑むかのように。ある夕方のこと彼は店に来たときに「幸せのレシピ」と言う映画のチラシを手に持っていました。丁度その映画を観た後だったのかもしれません。彼が語り始めました、「僕は美味しい料理作って、皆んなを幸せにしたいんや、この映画みたいに。それが僕の夢や、したいことや。お兄さんはいいなぁ、、こんな綺麗な物に何時も囲まれていて、羨ましいわ、ええなぁ、本当に料理で皆んな幸せに出来たらなぁ、、」。彼の語りには自分の職場での現実の難しさに対する不満が滲んでいました。きっと、彼の下で働く食堂のおばちゃん達と会社の経営方針との両方の、下から上から無理難題を言われて悩んでいたんじゃないかと僕は聞いてて勝手に想像していたのですが、彼の仕事は、美味しい物を作って皆んなを幸せにする、と言う理想から大きく外れていたのでしょう。この映画にいたく感動したことは間違いなさそうでしたし、彼から見た僕の仕事もかなり美化されているんだな、と思った次第です。

また別の日に来たときに彼が淋しそうにこう言いました、「近いうちに転勤になるんや、、だからお兄さんのお店にも来れるのは後ちょっとだけや。残念やなぁ、仕方ないけど」。本当に淋しそうにしてました。僕の店のことを大切に思ってくれていたんですね。それから、一度か二度来たでしょうか。僕の手元には彼の写真が一枚だけあります。真紅の着物を肩から掛けてキメ顔でカメラの方をジッと見つめる写真です。ある日僕が、写真撮ってもいいですか、と言ってカメラを向けると咄嗟に手に持った袋から着物を取り出したかと思いきや、サッと羽織ると歌舞伎役者顔負けのキメポーズを取ってくれたのでした。

今頃彼はどうしてるでしょうか、とても気になる人です。