1750年頃のデザートスプーン

1750年頃のデザートスプーン(長さ 16,7 cm)、ロンドンの工房で作られた物、シルバーなので、何年製かを示すホールマークが入っているのですが、これくらい古いホールマークは刻印した跡が読み取り難い物が多く、これも大体しか判りません。綺麗でしょ、この時代のスプーン。最高です。あっ、言い忘れました、これはデザートスプーンです。日本人には普通に食べ物を食べたりするのに丁度良いサイズです。スプーンの先に彫られてあるモノグラムの線も美しいです。この優美な線が19世紀に入って少し経つと消滅していくんです。世の中にカメラとか電燈とか鉄道とかが出現する頃になると、この美しい線は姿を消すんですね。18世紀半ばは、だから未だ、肖像画家にロウソク、そして馬車の時代で、そんな中で上流階級の人がこのスプーンでデザートを食べていたんですね。この時代にこんなスプーンでデザート食べていたのはごく限られた人達だけですね。

僕はアンティーク歴およそ三十年ですが、矢張りイギリスの古い物ではグラスとシルバーが一番好きなような気がします。仕入れるときに一番力が入ってますね。もし前世というものがあって、僕が18世紀後半のイギリスに住んでいたならば、シルバースプーンなんて夢のまた夢で、欠けた木のスプーンかせいぜいピューターのスプーンで庶民がごった返す旅籠屋で一人ぶつぶつ文句を言いながら不味い食事をとっていたかもしれません。馬車も個室などではなく、乗り合いの、それも何時振り落とされるか分からないような屋根の上に座ってガタガタ揺られていたかもしれません。

この時代に関する本を読んでいたときに、召使いの女性が銀のスプーンを盗んだ廉(かど)で罪に問われ、可哀想に死刑になり、その後で実は鳥が盗んで自分の巣にそのスプーンを隠し置いていた、というなんとも哀しい話しがありました。

世の中色々と加速度的に便利になってますが、僕はこれ以上の便利は疲れますわ、もう少し不便なくらいが丁度良いです。あまり便利な生活は心臓ドキドキして身体に悪いです。ポストコロナはもう少し不便でいいんじゃないでしょうか。意外とそう思ってる人は多いと思います。