岡幸二郎 ベスト・オブ・ミュージカル 11月3日。

ミュージカル界のスター、岡幸二郎さんのソロコンサートが11月3日(火・祝)、石川県立音楽堂で開かれます。ミュージカルの代表的な曲を彼がコーラスをバックにオーケストラ・アンサンブル金沢と共に歌い上げます。文化庁の助成もあり、お手頃な値段となっています。岡さんのこのコンサートは丁度四年振りで前回僕も行きましたが、彼の圧倒的歌唱力とコーラスの方達への心配りにとても感心したのを覚えています。岡さん自身金沢が大好きで彼にとって金沢は第二の故郷、彼自身も恐らく金沢でのコンサート開催に強い思い入れがあるのではないかと思います。お時間あれば是非行かれてみて下さい。ミュージカル未経験の方でも行き易い内容かと思います。

僕が金沢に来て今年で三十四年目、店を開いて二十九年目、あっという間です。金沢に来て最初の四年半は学習塾で教えてました、一番最初にしたバイトは大和デパートの地下でお歳暮売り場の売り子、でもおばちゃん達の人間関係とデパート独特のルールに耐えられず二週間と経たないうちに離脱。そもそも金沢に来た当時はこんなに長く住むとも思っていなかったので、最初の一年くらいは塾でバイトしたり専門学校で非常勤で英語教えたりでまさにフリーター生活、友人もヨーロッパの人が中心で、金沢大学に留学していたイスラエル人の女性がビルの一角借りてやってたゲリラ的喫茶店に通ったり、オーストラリアの友人と香林坊のミスドーで落ち合ったり、日本人の友人は殆どいませんでした。当時のアイルランド人の彼女が金沢大学で博士課程やるのに付いて金沢に来たので、地元の知り合いはほぼゼロだったわけです。今の僕からは想像も出来ないです。1992年秋のことですね、前にも書いた気がしますが、大阪から雷鳥に乗り金沢に向かう電車の中で、福井が金沢の手前なのか富山が金沢の後なのか先なのかそんなことすら不明で車掌さんに訊いた記憶があります。沖縄七年ダブリン三年半と十年も日本本土を離れていましたから当時の僕には「日本」というものに対して憧れのようなものがありました。日本文化を知らないという軽いコンプレックスのようなものも持っていたと思います。この二十代の十年を「日本」を離れて暮らしたことが自分の精神形成に与えた大きな意味について考え得る余裕など未だあの頃の僕には無かったです、この十年で僕という人間のベースが形作られたというのに、自分はそれに気付いてなかった。その後、若い頃を植民地や南国の島で過ごしたフランスやイギリスの作家などのことを読んだりして、自分のあの十年の意味を徐々に知ることが出来たのです。そういう意味では僕はやっと三十を過ぎて「自分を知った」という気がします、成長遅かったんですね。日本と沖縄が「対」としてある、イギリスとアイルランドが「対」としてある、僕の中では何時もこの四つの土地が対比されながら心にある。自分とはこの四つの土地でブレンドされて出来上がった酒のようでもある。その人にとって二十代を何処で過ごしたかは大きい意味を持つ。