とてもシンプル、絵も額(16,5 x 25 cm)も、1900年頃の物、高級な額でもなく絵も凄く上手い訳でもない。でも何処か魅力的、何だろうこの魅力は、上手く説明出来ない。
暑くてやる気が出ないがまぁ時々自分を鼓舞して動いてる、ぼくは痛風持ちなのでビールは最近はノンアルを飲んでいる、夜中に行くスーパーで Corona のノンアルコールビール見つけたらこれが案外美味い、何時も買ってるサントリーのやつより味が辛くて好みだ。
ぼくは今64歳なのでもう初老と言っていいだろう、唯自分が何時大人になったのか自覚が無い、何か、コドモ→コドナ→ロウジン、と大人を通過せずロウジンが始まった気がする。昔映画監督のウッディ・アレンの映画が好きでよく見たが、彼もコドモから大人をすり抜けてロウジンになったような人だ。「大人の男」というイメージを自分の中に持てないまま自分はここまで来てしまったように思う。温泉の大きな湯船の縁に股広げて頭にタオル載せて堂々としてる、あの感じが自分には無い。きっとステレオタイプな「男」というイメージを演じることが出来ないのだぼくは。ぼくの田舎にも祇園祭りがある、神輿担いでオラオラと勇ましく練り歩く、時には別の神輿の奴と喧嘩したり、のあの感じ、観るのは好きだけど自分でやるのはちょっとムリ、何処か自分の中でシラけてしまっている、ちょっと違うなぁ、と感じる。
ぼくが何時かしてみたいのは、ラスベガスでもマカオでもいいから、合法な所に行きルーレットをすること、自分は数字がとても好きなので、数字のギャンブルを何処か海外のカジノでやってみたい、でも、多分実現しないだろう、だから憧れみたいな気持ちを抱いているだけ。正直ギャンブルには全く興味がないのだ、唯、ルーレットというものに憧れている。ルーレットを囲んで数人の大人がマティーニとか呑みながら静かにチップを賭けている、目の前に無表情なボーイかガールがいてルーレットを回す、そんな空間に憧れがある。ぼくは数字が好きなのだ、理由は自分でも分からない。
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