ブルーの一輪挿し、ペアー。

ブルーの一輪挿し(高さ 15 センチ弱)、19世紀終わり頃、恐らくフランス製。ガラスの生地はそう高級と言うわけではないけれど、底のブルーのガラスの溜まり部分が綺麗だなと思う。脚の部分の作りも多少ムラがある、でも全体としてはバランスが取れている。こういう造形の物は細かいところは気にせず全体を味わえば良いと思う。これに赤やピンクのバラでも入れてみたい、小さいけれど自己主張する花瓶。兎に角このブルーが素敵だ。

暑さのせいかやる気が無い、それでも少し仕事をしていると元気が出てくる。昔仲の良かったイギリスのアンティークディーラーがこんなことを言ってたのを思い出した、彼のお父さんは炭坑夫で、俺の父の仕事のキツさ大変さに比べたらアンティークの仕事なんて何でもない、それこそ ‘Nothing’ だ、と。彼は良く働く奴だったが確かに命懸けて地下の暗闇に潜る仕事に比べたら、今のぼくの仕事なぞ ‘Nothing’ だし、この程度でやる気が出ないなんて言えない。唯、肉体は酷使しないが神経というか頭は結構使うのでその点では疲れる、詰まり疲れ方にも種類がある。でも、イギリスで仕入れで動き回ってるときはそれなりにハードかな、重い物持って歩き回るので何時も日本に帰国するときは筋肉が付いて太くなっている。

頭も同じで難しい本読んだり英語の文章読んだり文章書いたりして負荷を掛けると頭が蘇ってくる。スマホばかり弄っていては脳味噌も萎縮すると思う、あれはほぼ完全に受動的行為だから、AIが出現した今、これはもう、人間辞めますか、というレベル、こんなもの、要らないと思うしとても危険、百害あって一利あり、という印象、何れ人間を蝕んでいくと思うし、これから色んな規制も出来るだろう、でも人間は「核」と一緒で、あれば矢張り悪いと分かってても使うんですよ。

ツールに頼らず自分の頭で考える時間、自分固有の問題提起、誰も考えない問題を自分で考え出す時間、普段は中々繋がり難く互いに遠くにあるものを繋げようとする努力。考えるって、先ずは自分だけの疑問を考え出すことにある、ので、そんなときにAIなんて無意味なんですよ。ブローティガンの小説の翻訳をAIに出来るのか考えてみたらいいと思う。人間の知の働きの深さについてもっと僕らは考えるべきです。知性の深さ拡がりについて。