7/6の記事で載せた置き時計とほぼ同じ物、左のやつです、右は前に紹介した物です。こちらも元気に動いています。左のも1900年頃の置き時計。ご興味ある方はご来店下さい。これは宅急便での発送はしません、針が取れたりするかもしれないので。持ち帰って頂ける方にお売り致します。雰囲気のある素敵な時計なのでサイドテーブルや机に置くと卓上の雰囲気を変えてくれると思います。
毎日暑いですね、暑さに耐えているだけで一日が終わる感じです。集中力も出ません、疲れてるのか眠いのか分からない感じ。店には予約以外の人も余り来ない、偶にふらっと入って来る人も直ぐ帰って行く。入って来た人が、あれ、ちょっと違うな、と感じてるときは、それは僕にも分かる。特に若い人にとっての「アンティーク」は殆どヴィンテージ、又は雑貨に近いので、僕の店に来ても見る物はないだろう。若い子でも一人で入って来るような人は面白い子だったりする。皆んなと趣味嗜好が変わっていて頭の良い子、自分で何かを探そうと踠(もが)いてるようなタイプ。そういう子には僕は優しい、がんばって欲しいから。大人なんか軽蔑すればいいと思う、若い頃から妙にお利口さんというのも嘘臭くて気持ち悪い、特に男の子の場合は。
先日「つげ義春とぼく」(新潮文庫)をネットで買った、本屋で買おうとしたら絶版だった。この本多分持っているのだが行方不明、なのでまた買う。ちょっと理由があって読みたくなったのだ、つげ義春さんの文章がぼくはとても好きだ、他の人には無い独特の味がある、ぼくは彼のマンガよりも文章が好きだ。つげさんの文章ももっと評価されていいと思う、現代の作家と比べても彼の文章は異彩を放っていると思う。大体、芥川賞作家とかマンガ家とか分けるから変な訳で、今の芥川賞作家とか、選考委員も含めてぼくは読みたい人一人もいません、隣にいても別に用はないです。つげさんの文章良いですよ、井伏鱒二とかにも似て、歳をとったときのほうがその味わいがより分かります、若いときじゃ本当には分からないと思う、そんな作家ですね。つげさんの「貧困旅行記」(新潮文庫)の中にある「蒸発旅日記」も先日読み返しました、ぼくの実家の近くにある杖立温泉が出て来るので読んでて妙にリアルです、今から半世紀位前の杖立温泉知ってますので、それこそこの物語に出て来るようなストリップ小屋がまだあった頃の温泉場ですね。
ではまた、ぼくは明日は休みじゃなく、話さないといけない日です、髪長かったので駅の近くの最近通ってる理容室行ってきました。
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