ちょっと変わった高級グラスマグカップ(10,4 x 7 cm) 、恐らくイギリス製、19世紀前半頃。変わっているのはグラスメジャーみたいな目盛りの横線が入っていること。でもこれはメジャーではない。恐らく持ち主が飲み薬かお酒を飲むときに「ここまで」と決めた容量があってそれが分かるように横線を数本、ガラスを作らせたときに職人に入れさせたのではないか、というのが僕の推測。メジャーでない証拠に右手で持った場合に口を付けるところの金彩が剥げている、ということ、詰まりこの高級グラスの持ち主、ブルジョアな方、レイディーという気もするが夜寝る前などにこれで時々何かを飲んだ、勿論召し使いに持って来させて、というイメージのグラス。19世紀、日本で言えば江戸時代に、こんなグラスで飲んだ人はほんの一握りの恵まれた階級に属する者だ。
金沢の街の歴史を考えるときに大きな節目の一つが新幹線開通であることは間違いない。本当に「ビフォー・アフター新幹線」と呼んでいいくらいに大きなインパクトを与えた、もし新幹線が今なかったら、こんなに多くの外国人で街が溢れることもなかったと思う。
今から二十五年以上前の話し、僕は友人に誘われ犀川沿いから裏路地が錯綜する古い町に入り、大きな木々に囲まれた古い一軒家に行った、そこには五十代くらいの夫婦が住んでいて男は縁起担ぎか何かの理由で自分が決めた日だけ働き、陶器の小さな仏様などを制作して暮らしていて奥さんは家計を助ける為にバイトに出ていた、本当に世を隠れてひっそり暮らしている感じで、今もそこを訪れたときのことは覚えている。彼らが金沢を離れることになり、引っ越すのにお金が必要で本やレコードを手放すというので僕は友人に連れられそこに行き、確かジェレミー・スタイグのジャズレコードを買った筈だ。彼らが金沢を離れることになった理由が物語のようなのだがここでは書けない。彼は関西方面から金沢に来て両親などとも連絡を取らず長年暮らしていた、そんな感じだったと思う。
そのことを思い出したときに僕は、あの頃のひっそりと静かな空気感は今の金沢には無いな、と思いとても懐かしい気持ちになった。あの頃はこういう夫婦がひっそりと暮らせる深さがこの街にはまだあったのだ。金沢も変わってしまったが日本全体も人々の有り様も大きく変化した。それでも、昔のあの「金沢」に戻れないのかな、という郷愁のような気持ちは消えてくれない。非常に残念である。
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