5/11(月)~13(水)休みます、すみません。

5/11~13の三日間お休みします。申し訳ありません。

確か去年の今頃も長期休んでいたと思う、母が亡くなる直前だったのでイギリス行きを延期して九州に帰省していた。速いものでもうあれから一年経つ。今朝本屋に行き井伏鱒二の短編集を買ったが、読み始めてみるとどうやら僕は同じ本を何処かに持っているようだ。最初に読んだ短編二つは前に読んでいたようで、読み始めてそのことに気付いた。それでも改めて読むと新鮮で矢張り素晴らしい作家だと思う。ある短編を読んでいると昔沖縄本島を徒歩で一周したときに、最北端に奥という村があり、そこの民宿に泊まったとき翌朝宿のおばさんから蜜柑を二つ三つ貰ったのを思い出した。蜜柑と言っても沖縄の物は小さいのだ、その小さなやつを宿を出掛けるときに貰ったのだ。自分はその頃とても暗かったのでその蜜柑を貰ったことが心に染み入り今でも忘れられないのだ。四十年以上も前のことなのでもうその宿もないだろう、昔の沖縄にある木造の小さな宿だった、窓の木枠が細かったのが記憶にある。この旅のとき小さなノートに思ったことなどを書いていた記憶があるがもうそのノートは何時か失くしてしまい何処にいったのやら、どうせ大したことは書いていなかっただろうが失くしたのは惜しい気もする。三十歳のときアイルランドから帰国する途中一ヶ月ヨーロッパを旅しながら美術館を巡った。このときに観た絵を記録していったノートは何故か今も持っている。何処の美術館に行きどんな絵が心に留まったかがそれを見ると分かる。フィレンツェでマサッチオの有名なフレスコ画「エデンの園からの追放」を見に行ったがその前に食事をしてワインで酔っ払ってしまいどうも絵をしっかり観ることが出来なかったのを覚えている。一ヶ月毎日美術館に行くと最後のほうは絵を観るときの姿勢のせいか腰をやられてしまった。あの頃はピカソの絵なんかでも、そこに何か深いものが潜んでいるに違いないと信じていたので挑むように両眼をかっ開いて観ていた。懐かしい思い出。力むと絵なんか観えないのに未だその頃の僕はそういうことも分からなかったのだ。それでもアムステルダム国立美術館で初めてフェルメールの「ミルクを注ぐ女」を観たときはまるで雷に撃たれたような衝撃を受け暫く動けなかった。

今は絵よりも書に夢中、それも古い書に、台東区の書道博物館には時々行く。絵は何時かホッパーの絵を纏めて観たい、アメリカに行かないと無理かな、あのオッさんが牛耳ってる間は行きたくないしな。それか台北に水墨画と書の名品を観に行くのもいいかもしれない。