イギリス1800年頃の額絵、エッチングの絵を中に嵌め込みその外側に黒とゴールドでガラスの内側から彩色してある(24 x 22 cm)。エッチングはよく見ると、フランス近代絵画のスーラがやったような点描法を黒い点だけでやったような描き方でとても細かい、凄い技術だ。描かれてるのは高貴な女性とその子供と上級メイドの三人、もしかすると当時のイギリス人が見れば誰と分かるような有名な貴族の親子なのかもしれないが、何処にも書かれていないので僕には分からない。額や絵の雰囲気からして1800年前後の物だと思う。
新幹線が来てから今までの金沢にはなかったような店が出来るようになった、最近この近くの新竪町にもコーヒーメーカー「ハリオ」のアクセサリーショップが出来た。静かな地元密着の商店街に大手資本の店が出来るのは恐らく初めてだろう。それが良いのか良くないのか、難しいところだ、この個人商店の集合体であるシンタテの良さはのんびりした人との触れ合いにある。先日も行きつけのコーヒーショップ Pessoa(ぺソア)でコーヒーを飲んでいた、常連と会話しながら。常連の若い男が店主の若い男性に、ねぇお湯ちょうだい、お代わり、と言うと、店主が、冗談っぽく面倒くさそうに、水何杯飲んどるん、(ダルマストーブの上の)ヤカンのお湯自分で注いで、と返し仕方なく彼はコップにカヤンの熱いお湯を自分で注ぐ、アチチチ、となりながら。僕はその遣り取りが可笑しくて笑ってしまう。別の日、町会長が店の外を通り過ぎる、隣でコーヒー飲んでた女の子が店を飛び出して町会長が手に持っていたミスドーの紙袋を一緒に覗き込み、彼女のおじいちゃんくらいの歳の町会長にドーナツを一個分けて貰いまた店に戻って来る。シンタテの良さはヒエラルキー大好きな金沢にあって、ここだけはフラットな空気が流れていること、庶民が庶民らしく生きている通り、こののんびり感は魅力だ。
こんな商店街に大手資本の店がもしだが増えていけばこの今のシンタテ独特の空気は無くなってしまう、全ては効率的になり人と人との繋がりも既製品のようなものになっていく、近所のおばあちゃんがボケ防止の為に毎朝カフェに来て若い子とお喋りしてるような商店街ではいられなくなる。シンタテは何時迄もシンタテであって欲しい、シンタテがヒガシヤマになったらもう終わり。
今日ぺソアに行ったら自家製のガトーショコラがあった、食べたらとても美味しかった、二百五十円、安くない、と言うと、金髪の彼は、うちはコーヒー屋ですから、と言った、その後僕はオヨヨ書林で洋書を百円本コーナーで求め、幸せな気分で帰った。この商店街の絶妙なバランスが何時迄も続くことを願っている。
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