19世紀半ばのシルバー二つ

イギリスのシルバー、長いほうが大きめのマスタードスプーン(12,4 cm)、紋章入り、1842年、ロンドン製。もう一つは小さめのシュガーシフター(10,7 cm)、1859年、バーミングハム製、お菓子に粉砂糖を振り掛けるための物。二つとも19世紀半ばのシルバー、ヴィクトリア時代に入るとシルバースプーンなどは徐々にディテールの美しさを失い、代わりにデザイン装飾が増えていく。この写真の二点はその過渡期の物で辛うじて19世紀初頭のシルバーの美しさを備えている。

十月に入り涼しくなったせいもあってか、少しずつ新しいお客さんが遠方から来られる。昨日は北海道から十六歳の高校生が母親と一緒に来た。高校一年生は恐らく当店のお客さんの最年少だ、賢そうな顔立ちの男の子で冷静に見極めて自分の好きな物を買って行かれた。中々早熟な高校生である。僕が古い物に目覚めたのは二十代半ば頃で沖縄に住んでいた頃。絵やクラシック音楽や民芸の器、陶芸などに興味が出て来てはいたが何処か纏まらず漠然としたままアイルランドに渡り、そこでアンティーク・フェアーに通うようになりポツポツ買い集めだした。当時は翻訳とか文学とかに興味があり、暇なときに絵も描いたりしていた。アイルランドの国立美術館に通い初期ルネッサンス期の聖母子像のデッサンをしに通ったりもした。自分の興味が「言葉」から「視覚美術」に移行していたが、何も自分の核になるものを掴めないまま、三年余りのアイルランド滞在を終え帰国して金沢に住み始め、塾で講師をしながら暮らしていた。アンティークを仕事にしようかと思い始めたのは三十四歳くらいの頃か、大学受験英語を教えるのも(嘘くさくて)嫌になり、もう僕に残された選択肢はアイルランド時代に集めていたイギリスアンティークを元手にお店を開くこと以外残されていなかった。1998年、三十六歳。これでやっていけるという確固とした自信があった訳では無い、何も考えていなかったに近い、まあビギナーズラックで始めたような状態。何処かで修行した訳ではないので、まぁやりながら仕事を覚えていった感じ、人にアンティークを買って貰ってお金を頂く、という経験が全くなかったので店を開いた最初の数日は、本当に(お金を貰って)いいんだろうか、とビビっていた記憶がある。まあ最初の十二、三年は何時もギリギリの生活。イギリス仕入れから帰ると文無しで借金のみ。前にも書いた記憶があるが、売れないときは深夜店の床に寝っ転がって天井を仰ぎ、只管考えた、どうやったら乗り越えられるのか、と。お金がないときは只管考える、とは僕が得た教訓の一つ。考えるのにお金はかからない。今も売れない時期はやって来るが、あの頃寝っ転がって床を眺めた時期に僕は結構鍛えられた。だからコロナの数年間も耐えられたのかもしれない。後重要なのは、腐らないこと、気持ちが腐ってくるのは良くない、何時もフラットな気分でいること。

新しく来られるお客さんに楽しんで貰えることが大切ですね。商売の基本ですね。