小物六点

小物六点色々、二枚目の写真、真ん中の上から時計回りに。先ずは小さな白鳥の置き物(高さ 5 cm)、19世紀後半イギリスの物。珍しいですね割と。石に嵌め込まれたコンパス(2,2 cm)、元はペンダントになっていたようです。本の形をしてますが聖書を表していると思います、「迷わないように」ということでしょうか、、。次は石を手に持つ栞(9,3 cm)、1900〜20年、金属部は真鍮製。ちょっと変わった物。以上二点イギリス製です。次もイギリス製、19世紀末ごろのタイピン(6,9 cm) 、馬蹄のデザインで白い部分は樹脂かボーン製、これも結構変わってます。次二点もイギリス製、鳩がキーに付いた磁器製の置き物(4,8 cm)、イギリスでは昔から21歳が成人で、そのときに親が子供に「もう門限はないのよあなたは大人なんだから」という意味を込めてこういう鍵の形をした物を贈るのですが、これはそういう物でしょう。普通は鳩じゃなく「21」と数字が書いてあります。時代は百年無いくらい。最後は19世紀前半の蝋印(シール)(2,4 cm)、真鍮製で瑪瑙系の石が入ってます。イニシャルは入れられてありません。シールにしては小型です。

最近江戸時代に関する本を良く買ってます。元禄から江戸中期の、江戸時代が江戸を中心に安定していく経済社会的変容を扱ったものを齧ってます。イギリス18世紀などと比べても、鎖国状態にあるとは言え、江戸時代も可成りの成熟社会だと思います。日本も明治以降の近代化に一応成功した訳ですがその下地はこの江戸時代に十分作られていたように思えます。ただ、文化文政期などの文人画家の交流記を読んでいても、矢張り江戸後期にあっても文人の多くは大阪、京都に集まっていたようですね。江戸は経済の中心地ではあっても未だ文化的には遅れていた、と考えていいでしょう。西洋文化が入って来るのも長崎などの西からです。江戸の出版物が関西を凌いで中心になるのは江戸時代の後期くらいからじゃないでしょうか、よくは知りませんが。

イギリスでも日本でもそうですが、所謂僕らが知っている生活の環境基盤が出来たのは長い目で見てもここ三百年くらいのもの、1700年代以降じゃないでしょうか。そんな印象を受けます。それ以前は、もし仮に僕らが放り込まれても三日と生きられないような物凄く過酷で厳しい環境にあったと思います。例えば、1700年代の江戸でも村の百姓が罰を受けて村から追い出される、所払い、と言うんですか、ことがあって、それを追跡調査した史料が残ってるんですが、村を追われた人々は殆どが餓死などで死んでいる、三百年前の江戸時代で村を追われるとはほぼ死を意味したようです。土地を追われたら他に生きていく手段が無かったということですね。今みたいに、東京にいられなくなって北陸に来て仕事探してアパート借りて、なんてことは不可能な訳で。

未だ暑いですね、開店休業状態です。江戸時代なら僕のような人間は生きていけません、畑仕事は向いてないし、武士(役人)も向いてないし、職人も向いてない、読み捨ての大衆向け出版物出してるか、茶店の店頭に瀬戸物など並べて何とか食いつなぐか、下級武士の禄だけでは食えず寺小屋もどきで細々食ってるか、ぐらいですかね。江戸時代に生まれなくてよかったと思います。大変です!