三百九年前のシルバースプーン

1714年製のシルバースプーン(長さ 19 cm)、ロンドンの工房で作られています。T・B、A・Rと二つのイニシャルが入ってるのが珍しいですね。裏側の装飾は、Rat tail と言い、ネズミの尻尾のようなデザインで1710〜30年に流行ったものです。渋く且つ美しいスプーンです。先端は少し摩耗してますね、可成り使われていたようです。

僕の行っているフィットネスでは週末はプールでキッズスクールが行われています。小さな子供達がインストラクターのお兄さんお姉さんの指導で泳いだりしていますが、インストラクターのお兄さんは事あるごとにちびっ子に向かってこう言っています、次の試験をがんばろう、目標は何でしょうか、と。試験、目標。小さい頃からこんな言葉に縛られ動機付けされるのは、僕が子供なら嫌だな〜、と思いながら横で泳いでます。目標は何でしょうか、と問いかけて、次の試験に合格することだ、と大声で叫ばせて刷り込んでいくんです。嫌ですね、目標で子供を縛るなんて、まあ親もそう言うのを望んでるんでしょうが、今時は。

嫌な時代ですね、試験、目標、ノルマ、どれも僕は嫌いです。そう言えば中学、高校の勉強楽しくなかったな。高校なんか元旧制中学の田舎の進学校でしたから右翼的スパルタの雰囲気が残ってて最悪でした。兎に角よく殴られました、殴られても何時もヘラヘラ笑ってて全く勉強しませんでしたから、心の奥底で、何て詰まらないのこんなの、と思ってたんでしょうね。授業中に教壇の中に閉じ込められて教師が時々僕を足で蹴ったりして、それで授業が盛り上がったり、そんな生徒でした。何とも思ってませんでした、そんなふうに教師に扱われても。年度末になると赤点が一杯あって担任の先生が他の教師に進級させてくれるように僕の為に頭下げて回ってました、あいつはやれば出来るんですよ、と言いながら。そして僕は最後まで勉強しませんでしたね、一時的にプチ右翼になったりして。国を憂いていたら受験終わってました。この頃からですかね、僕の反抗的パンク精神が顕著になっていったのは。親は、どうしてこんな子に育ったんだろう、と嘆いてました、本当に。

そう言えば、英語も赤点でしたね。英語は沖縄の大学(英文科)を中退してから、沖縄そしてアイルランドで英語を使う仕事しながら独学しました。英語の発音は基礎を自分で身体に叩き込みました、バイク乗ってるときも口動かして発音練習したりしてね。後、お金を貰うと責任生じますから英語ちゃんとやるしかないですしね。まあ謂わば、叩き上げ、ですよ、僕の英語は。教える為には学ぶしかない、ということ。

では、また。暑いですかね、、。