時代の終わり

昭和という時代が面白かったのは明治生まれの人が未だ生きていた時代だから、と思ったことがある。明治生まれの人々が「昭和」を支えていてくれたのだ。これと少し似た感覚を覚えるのが、今八十代の戦前戦中生まれの人が日本からいなくなったらこの国は随分と寂しいものになるだろうな、ということ。今七十代の人と比べると戦前戦中生まれの人の価値観倫理観、又は匂いと言ってもいいかも知れない、は可成り違う。日本人の美しさを備えた最後の人々が今八十代の彼らのような気がする。僕が時々行くお店の経営者にも八十を超えた方が何人かいらっしゃる。今のうちに精々通いたいと思う。後十年もすればそれらの店は全てなくなるだろう、一つの時代の終わりだと思う。時々行く近くの魚屋のおじさんも今日歳を訊いたら昭和十五年生まれの八十四歳と仰っていた。富山大空襲のとき、夜金沢の山の向こうが赤く染まるのを見た、と言っていた。毎週金曜日にアッサリフライデーと題して揚げ物をご夫婦で作って店頭で売られている。このおじさんは金沢美大のデザイン科卒である。片町にあるサンドイッチ・バーのママも同じくらいの歳だ、少し前に暫く休まれていたので、おばちゃんお店休んでたね、と言ったら、うーん新婚旅行行ってたのよ、と返された。彼女はまだまだ十年は軽くやれるかも知れない。兼六園下にある性格のとても濃いコーヒー焙煎屋のマスターもほぼ同じ歳だ、去年僕の店にコーヒー豆の配達にママチャリで来てくれたときも、坂道で高校生が自転車で抜いてったので変速機無しのママチャリで抜き返した、と豪語していた。

彼らには一日でも長くお店を続けて欲しい、この時代の終わりを少しでも先延ばしにして欲しい、と思う。本当に「最後の燈」の人々である。がんばって下さい。

(写真は新竪町にあった旧フェルメール)