20世紀初頭のタンブラー

イギリス20世紀初めのタンブラー(タテ 9,2 x ヨコ 8,1 cm)。カットが魚の鱗の様な感じで変わっています。ガラス生地もとても良く高級タンブラーですね。程好い重さがあります。ガラス生地の色は19世紀に比べると明るい感じです。

The New York Times の記事をチマチマと読んでいます。この新聞にはポエジーを感じます、ポエジーがあるんですよこの N.Y. Times には。僕たち日本人にはジャーナリズムとポエジーは共存しないものという先入観、イメージがありますが、恐らくジャーナリズム本来の姿はこうなのだと、この新聞を見てると思います。勿論、ジャーナリズムが過度にポエジーに傾くのは逸脱であり危険なことです。でも、ジャーナリズムとは、基本人間世界を描くもの、その人間一人ひとりの生活にはポエジーが宿っているはずですから、ポエジーを全く感じさせない記事というものも、それはそれで不自然な訳です。N.Y. Times の記事で、若いイギリス人の家族が自分の家庭に見知らぬウクライナ人の難民の女性を受け入れ、みんなで食事をしている写真があり、ウクライナから逃げて来た女性が受け入れてくれた夫婦の子供をテーブル越しにあやしてる姿をジッと眺めてて、そう深く感じた次第です。

ポエジーとはある意味、ものを眺めるときの視点の問題、それと編集者の視点も重要ですね。そんな知的行為に下支えされてポエジーは宿る訳です。それはバランス感覚でもありますが、これは日本人の苦手とするところです。ポエジーとはものの先にある「遠く」を観ることです。