フランスのペーパーウェイト

フランスのペーパーウェイト(9.4 x 2.8 cm、407g)、時代は恐らく19世紀終わり頃。友人がフランスで仕入れた物で彼はバカラ製じゃないかと言っていたが、それは不明。不思議な色してますね、光源の色で結構見えかたが変わります。

まだまだ僕のジャズ熱は冷めない、何時もなら寒くなると自然クラシック音楽に移るのだが今も殆どジャズばかり聴いている。先日、取材で「レコード・ジャングル」に行きオーナーの中村さんに、セロニアス・モンクばかり聴いてたんですけど、次行くとしたら誰ですかね、と訊ねると、そりゃもうバド・パウエルでしょ、と言われた。バド・パウエルは昔彼の早弾きの有名な曲を聴いて以来、何処と無く訳もなく避けていたから殆ど聴いていないのが現状で。それで一二枚買って聴く。良い、素晴らしい、特にスローな曲が良い。これは今度はバド・パウエルにしばらくハマりそうな気がする。モンクにせよパウエルにせよ退廃の匂いがする、そこに物凄く惹かれてるのだと思う。50年代から60年代初頭共通の匂いなのだろうきっと。それと麻薬のようなグルーブ感、これが堪らない。まさにドラッグだ。

この辺の退廃の感じと当時の黒人のアメリカ社会での地位とはきっと繋がっているだろうし、ジャズがある種のスノビズムを帯びてくる以前の「音」だという気がする。今の僕がクラシックを聴かないのは、いや聴けないのは、このスノビズムのせいもある訳で。凡ゆる趣味世界はスノッブ(snob)がいるから回ってるのだが、矢張りそんな生半可な人種は誰しも避けたいもの。日本の習い事の世界なんかもその最たるもの、スノッブがいるからみんな「食える」訳で。アンティークの世界にも勿論そういうところがある。

趣味世界というものは、一方に「美」がありもう一方に「俗」があり、その二つが互いに引き合いながら動いているという面白くも面倒なもの。アンティークの世界も基本「美」なんですが、「俗」の作用も中々消せない。お金で贖うことがもう「俗」ですからね、、。