ハノーバリアンのティスプーン

1760〜70年頃のアイルランド、ダブリンのシルバー・ティースプーン(11cm)、工房名はOwen Cassidy。この時代のシルバースプーンの様式はハノーバリアンと言う名前で呼ばれます。持ち手の先が上を向いて、横から見てもスッと直線的な感じで、でも良く見るとその直線的な流れの中に静かな表情が有り、とても深い美しさなのです。このスプーンは全体の厚みのバランスが絶妙で本当とても良いです。最高、と言いたいくらい。こういう物は死ぬまで飽きません。

昨日古本屋で1967年初版の「近世畸人伝」(筑摩書房 日本史の人物像 8)を買いました。その中に僕の最も好きな江戸後期の画家、浦上玉堂の伝記がありました。彼は元々岡山池田藩の上級武士で五十歳の時に脱藩し、子供二人を伴い、彼は琴を良くしたので、琴を背負って諸国放浪するんですね。当時は画よりも琴で世に聞こえていたらしく琴の教授をして暮らしていたらしい。所謂、南画家はそれを売ってお金を得ることを潔しとしないので画は売らない訳です。六十代後半には金沢にも数ヶ月滞在していて寺島蔵人邸には今でも玉堂の間があります。その数年前には大阪の持明院で、何と南画家の田能村竹田(ちくでん)と四十日ほど共に過ごしたことをこの本で初めて知りました。この時竹田は三十歳余り、玉堂とは親子ほど歳が違いますが、この二人の天才がそれだけの時を共に過ごしたと思うだけでもう何か、感動しますね。凄いことです。竹田は、当時玉堂の天才を知る人は殆どいずに彼の画が正当な評価を得るのはずっと後なのですが(ちょっと画家フェルメールに似ている)、彼の天才を見抜いていた数少ない一人だったらしいです。いや本当、この事を知っただけでもう僕は嬉しくて。玉堂と竹田が二人で過ごした時間。世の中に起こり得る奇跡みたいなものですね。本当に想像するだけでうっとりです。

玉堂の画業がそもそも奇跡みたいなものですから。一番好きな画家です。