素晴らしい金継ぎ(1800年頃のダービーのカップ)

1800年頃のイギリス、ダービー(Derby)工房のカップ(6,9 x 6,9 cm)です。実は取っ手の付け根部分にひびがあったので金継ぎに出したのです。裏の端にも小さな欠けがあったので金で補修して貰いました。取っ手の付け根の補修部分は上から金彩が、恐らく元々あったように施されています。僕が驚いたのは、飲み口の縁の部分にとても小さなひびがあったので直して貰ったのですが、この部分は長年の使用で金彩が程よく剥がれていたので、その経年の摩耗の雰囲気というか味を損なわないように、ここでは余り金を使わずに漆の補修後にほんの少しだけ金を上から盛っているんですね。詰まり直した後が全く分からないくらい自然に仕上がっているんです。心憎い職人技です。裏の金直しもエッジの処理が繊細でとても綺麗ですね。兎に角前よりもずっと良くなりました。

夏にオリンピックをやるらしいですね。不思議な判断ですね、こんな状況で世界中からアスリートを集めるなんて狂気の沙汰としか思えないです。僕がもし海外のアスリートならリスクを冒してまで今の日本にやって来たいとは思いませんね。先日英字新聞(The Japan Times)を買ったらオリンピック開催に異を唱える日本人アスリートのインタビュー記事が彼女の笑顔写真と掲載されていました。日本の新聞にはこのような記事は少ないような気がします。ワクチン接種も進まず、原発の汚染水は放出するらしく、自分の言葉で何も、一言も語れない今の日本の首相。生きていくにはお金も必要ですが、誰かが語った言葉で凄く勇気づけられることもこんなときには必要なもの。自分の言葉を持たない人は人の上に立ってはいけない、その資格が無いんですよ。こんな大変な時期にこの国にしっかり語れる人がいないというのはとても残念なこと、民衆を惑わす能弁ではまずいのですが、ここまで何もメッセージを出さないというのはただ卑怯なわけで。この国には何故こうまでも自分の言葉を持った人が少ないのか。まあ要するに、大人がいないんです、何処を見渡しても。暗いですねこの国の未来は。

書くにせよ話すにせよ、言葉の持つ力をもっと感じながら暮らしたいですね。今は文学も酷いですしね。一言でかなり雑に言えば、今の文学はもうオワッテます(俳句や短歌、詩を地味にコツコツ一生懸命に書かれている人達はここには入りません!)。皆んなそれぞれに自分がカワイイんですよ。それで世の中回っている。だから面白くないし病んでもいく。社会のシステム自体が病んでるわけですから、そこに暮らしている人が病むのも当然で。

世の中から大人が消えるとこうなる、というのが今の日本の景色だと思います。