引っ越し作業の夜

旧フェルメールの荷物を先日ハイエースで運び出し、新フェルメールに移してから、レンタカー屋に返車するのに夜中大通りを走っていました。通りすがりのファミマに入ると急に雷雨に襲われ、まあ雷雨なんて北陸では日常のことですが、飲み物を手にレジに行くと60代の白髪で痩せた店員の男性が一言、雨が酷いですね、と話し掛けて来ました。こちらもお決まりの返事を返しただけとは言え、苦労感が滲むオジさんの一言が何となく心に響くと同時に物悲しさも感じました。その後、夕食を取らずに働いていたので何かお腹に入れようと、仕方なく、数年に一度しか行かない吉野家に行き、ゴムのような牛肉の載っている牛丼を取り敢えずお腹に入れました。午前1時近くの吉野家で働いていたのは40代くらいに見える小柄な女性でした。マスクで顔の半分は隠れていましたが彼女の眼の下は疲労のくまが顕で、それでもきびきびと動いていました。僕自身も引っ越し等で疲れているのか、夜中の吉野家で白く無慈悲なLEDの光を浴びながら、またこの女性の姿を見てると自然哀しさを感じるのでした。

背後に控えるシステムの矛盾を何となく知りつつもそこに身を置いて働かざるを得ない人たち。生きる為の選択肢の少なさから結果搾取される人たち。今の小物政治家に言わせればこれも「自己責任」となるのでしょうか。過酷なシステムの犠牲となり徐々に疲弊していく人たち。このような人々が無数にいてナリタッテいる歪で異常な世界が「普通」に見えてしまう、というのも怖いですね。