木製の漏斗

アンティークの漏斗(じょうご、10,5 x 7,4 cm)、イギリスの物です。時代は恐らく19世紀前半。木に轆轤(ロクロ)を挽いて漏斗を作ったのはその時代までだと思います。珍しい物ですが、売れないでしょうね。でも、こういった変わったアンティークは見たときに買っておかないと、そう簡単には出会わないですし、木の古い物は意外と状態の良い物が少ないですね。本物でも何となく汚い感じがするのもありますし。まあ、当店にはこの漏斗のような「売れない珍品」がひっそりとショーケースの隅っこにありますね、誰にも気付かれず。ホームページに載せるまで常連さんも知らない、ということも度々あります。

先日古本屋で富岡鉄斎の古い画集を買いました。江戸時代から大正までを生き抜いた画家です。自分のことを画家ではなく学者であると言っていたそうで、描いた絵を売ることを潔しとしなかった人です。権力や権威に対しても恬淡としていたようです。僕は鉄斎の晩年の絵がとても好きです。いつか東京の出光美術館に行ったときに、鉄斎が江戸後期の画家、浦上玉堂が絵を描くときに使っていた紙を人から譲り受け、それに絵を描いてみたが、玉堂には遠く及ばなかった、という説明と共に展示されていた絵を観た記憶があります。僕は玉堂の絵が大好きなので、玉堂の絵の詩情は鉄斎のような天才画家にとっても遠いものなんだな、としみじみ思いました。鉄斎の絵は素晴らしいですが矢張り玉堂には敵いません。玉堂は、そうですね僕の中ではオランダの画家フェルメールのような無比の存在ですから。でも、この玉堂が使った紙で描いてはみたが遠く及ばなかった、と嘆息した鉄斎の話しはとても心に残りました。画家で言えば最近は坂本繁二郎も気になります。鉄斎も坂本繁二郎も求道者の趣きがありますね。そんな画家には惹かれます。若い頃は坂本繁二郎の絵の凄さが自分は分かりませんでしたから。この二人の画家は晩年になるほど絵が深くて良くなっていきますね。

美術館に行って良い絵を観たいです。